2012年05月12日
連休明け雑感
一昨日はつん堂さんが見えて、棚を補充していかれた。先月のつん堂棚の売り上げは惨憺たるありさまで、本が少なかったということもあるが、販売する光風舎の力不足が一番の原因だろう。
そこのところ、つん堂さんとも話したのだが、品揃え・宣伝・接客どれをとっても今ひとつ、つん堂さんもそれを感じたのかもしれない。
ただ、地方の古本屋にお客が少ないのは、これだけの理由ではない。もっと構造的なものがあるのだろう。所謂時勢というやつ、これは逆らいようがない。低空飛行でも何とか維持できるような方策を考えるということか。
そんな中、昨日は遠方からお客さんが見えた。大学の先生と学生という風な二人で、長野ではいま古本屋さんが繁盛しているそうですとおっしゃる。繁殖しているのは確かですが、繁盛はしていない。長野だけが特殊な環境にあるわけではありませんから。
団地堂がやっていなくてうちに来られたようだ。折角だからと、山崎書店・遊歴書房・ひふみよの場所を地図に描いてお教えしたが、お分かりになったかどうか。簡便なものでいいから古本屋地図はあった方がいいと思った。
連休が明けても相変わらず暇な光風舎だが、今のところは家賃が稼げれば仕方ないかと思っている。それができなくなったら、真剣に先のことを考えなければいけないだろう。
そこのところ、つん堂さんとも話したのだが、品揃え・宣伝・接客どれをとっても今ひとつ、つん堂さんもそれを感じたのかもしれない。
ただ、地方の古本屋にお客が少ないのは、これだけの理由ではない。もっと構造的なものがあるのだろう。所謂時勢というやつ、これは逆らいようがない。低空飛行でも何とか維持できるような方策を考えるということか。
そんな中、昨日は遠方からお客さんが見えた。大学の先生と学生という風な二人で、長野ではいま古本屋さんが繁盛しているそうですとおっしゃる。繁殖しているのは確かですが、繁盛はしていない。長野だけが特殊な環境にあるわけではありませんから。
団地堂がやっていなくてうちに来られたようだ。折角だからと、山崎書店・遊歴書房・ひふみよの場所を地図に描いてお教えしたが、お分かりになったかどうか。簡便なものでいいから古本屋地図はあった方がいいと思った。
連休が明けても相変わらず暇な光風舎だが、今のところは家賃が稼げれば仕方ないかと思っている。それができなくなったら、真剣に先のことを考えなければいけないだろう。
2012年05月08日
勝海舟は嫌われている
ただ、多くの日本人の同情は会津をはじめとする敗者の側に寄せられ、どちらかというと勝海舟は嫌われ者である。わたしも個人的には会津の潔さが好きだ。そして、時にそんな行動を取ってしまうことがある。
5日は店を開け、一箱古本市も覗いてきた。盛況にようであった。東京から岡崎武志さん、四谷書房さん、つん堂さんも居られ、少しお話をした。昨年の一箱に出た方からは何故光風舎は出ないのかと言われたが、これには何と答えていいのか困った。
3・4日と旅行が決まっていたのは確かだが、これは不参加の理由にはならないだろう。この年になって意地を通しても仕方ないだろうとは思うが、我が心情は会津藩なのである。ならぬものはならぬのだ。界隈の古本屋すべてが参加できるように共同して開催すべきという看板は下ろすつもりはない。
5日は店を開け、一箱古本市も覗いてきた。盛況にようであった。東京から岡崎武志さん、四谷書房さん、つん堂さんも居られ、少しお話をした。昨年の一箱に出た方からは何故光風舎は出ないのかと言われたが、これには何と答えていいのか困った。
3・4日と旅行が決まっていたのは確かだが、これは不参加の理由にはならないだろう。この年になって意地を通しても仕方ないだろうとは思うが、我が心情は会津藩なのである。ならぬものはならぬのだ。界隈の古本屋すべてが参加できるように共同して開催すべきという看板は下ろすつもりはない。
2012年05月05日
本日営業
昨夜遅くに長野に帰ってきた。新潟は一日中雨だったが、長野は降ったりやんだりの天気だったようだ。さて本日は光風舎営業します。
昨日新潟で、伴百悦という会津藩士の墓を訪れた。前日に歴史仲間のI氏から伴についての発表があったので、その人となりについてはわかっていた。I氏はこういう集まりがあるたびにテーマを決めてパワーポイントを用いて皆の前で研究発表をしてくれる。
伴の活躍は戊辰戦争終結後からはじまる。新政府軍の執拗な攻撃で、降伏後の会津城下には藩士たちのむごたらしい屍体が横たわっていた。新政府軍はその埋葬をゆるさなかった。伴はこの状況に心を痛めていたが、やがて民生局ができてようやく埋葬が行われることになった。しかしその方法はとても人道的とは言い難いもので、大きな穴を掘ってそこに屍体を投げ込むということが平気で行われていた。
伴は藩士の身分を捨てて、自ら埋葬の仕事を申し出た。だが、新政府軍の役人は相変わらず横暴で、会津藩士の屍体をモノ同然に扱って平気でいた。伴はそんな役人たちの屍体を侮辱する行為が許せなかった。ある日、役人の一人を襲って斬り殺し、自らは新潟に逃げた。新政府軍の執拗な探索に、その潜伏先が見つけられ、捕まって伴は死罪となった。
I氏の発表は戊辰戦争に関連したものがほとんどだが、取り上げる人物は指導者たちや華々しく戦ったものたちではなく、伴のように目立たないところで仕事をした人たちだ。その辺にI氏のこだわりがあるような気がする。
さて戊辰戦争である。この戦争は新潟と東北で数多くの犠牲者を出した。最近知ったことだが、ここ松代藩からも3271人の兵士が動員され、飯山戦争、北越戦争、そして会津攻城戦を戦った。松代藩の近代的な火器が会津落城を早めたともいわれている。
なぜこんな大規模な内戦にまでなってしまったかについては、わたしたちの研究会内部でもさまざまな議論があった。わたしは、東北の諸藩が一人の勝海舟をも出すことができなかったのが大きな悲劇になってしまった原因であると思っている。
勝海舟は西郷隆盛との交渉によって、江戸での戦争を回避した。海舟の非戦の根底にあったのは人道主義ではなく、幕府官僚としての自らの行為への責任であったと思う。江戸が戦火にまみれおびただしい数の犠牲者が出ることは海舟には予測できたろうが、そのことは戦争回避を決意した大きな要因とはならなかったのではないか。外国の脅威・徳川慶喜の助命・旗本や御家人の生活の保障のために内戦は不可であると考え、そのように行動したのである。冷静であった。
一方の奥羽越列藩同盟の指導者たちは、被害者意識とか名誉とか義憤とかいったものにとらわれすぎて、冷静な判断ができなかったのではないか。もちろんそうしたかといって、戦争が避けられたかどうかはわからない。
昨日新潟で、伴百悦という会津藩士の墓を訪れた。前日に歴史仲間のI氏から伴についての発表があったので、その人となりについてはわかっていた。I氏はこういう集まりがあるたびにテーマを決めてパワーポイントを用いて皆の前で研究発表をしてくれる。
伴の活躍は戊辰戦争終結後からはじまる。新政府軍の執拗な攻撃で、降伏後の会津城下には藩士たちのむごたらしい屍体が横たわっていた。新政府軍はその埋葬をゆるさなかった。伴はこの状況に心を痛めていたが、やがて民生局ができてようやく埋葬が行われることになった。しかしその方法はとても人道的とは言い難いもので、大きな穴を掘ってそこに屍体を投げ込むということが平気で行われていた。
伴は藩士の身分を捨てて、自ら埋葬の仕事を申し出た。だが、新政府軍の役人は相変わらず横暴で、会津藩士の屍体をモノ同然に扱って平気でいた。伴はそんな役人たちの屍体を侮辱する行為が許せなかった。ある日、役人の一人を襲って斬り殺し、自らは新潟に逃げた。新政府軍の執拗な探索に、その潜伏先が見つけられ、捕まって伴は死罪となった。
I氏の発表は戊辰戦争に関連したものがほとんどだが、取り上げる人物は指導者たちや華々しく戦ったものたちではなく、伴のように目立たないところで仕事をした人たちだ。その辺にI氏のこだわりがあるような気がする。
さて戊辰戦争である。この戦争は新潟と東北で数多くの犠牲者を出した。最近知ったことだが、ここ松代藩からも3271人の兵士が動員され、飯山戦争、北越戦争、そして会津攻城戦を戦った。松代藩の近代的な火器が会津落城を早めたともいわれている。
なぜこんな大規模な内戦にまでなってしまったかについては、わたしたちの研究会内部でもさまざまな議論があった。わたしは、東北の諸藩が一人の勝海舟をも出すことができなかったのが大きな悲劇になってしまった原因であると思っている。
勝海舟は西郷隆盛との交渉によって、江戸での戦争を回避した。海舟の非戦の根底にあったのは人道主義ではなく、幕府官僚としての自らの行為への責任であったと思う。江戸が戦火にまみれおびただしい数の犠牲者が出ることは海舟には予測できたろうが、そのことは戦争回避を決意した大きな要因とはならなかったのではないか。外国の脅威・徳川慶喜の助命・旗本や御家人の生活の保障のために内戦は不可であると考え、そのように行動したのである。冷静であった。
一方の奥羽越列藩同盟の指導者たちは、被害者意識とか名誉とか義憤とかいったものにとらわれすぎて、冷静な判断ができなかったのではないか。もちろんそうしたかといって、戦争が避けられたかどうかはわからない。
2012年05月04日
本日休業
今日と明日と長野で一箱古本市が開かれますが、本日光風舎は休ませていただいております。明日5日は通常通り営業いたします。
わたしは今新潟におります。恒例の歴史関係の仲間との旅行のため止むを得ず店を休ませていただいております。昨日は雨の中寺泊から出雲崎へ、そして五合庵のある国上山へと良寛の足跡を訪ねてきました。新潟を出るとき降っていた雨が、寺泊につく頃には晴れ、目の前に佐渡島がくっきりと見えました。
わたしは今新潟におります。恒例の歴史関係の仲間との旅行のため止むを得ず店を休ませていただいております。昨日は雨の中寺泊から出雲崎へ、そして五合庵のある国上山へと良寛の足跡を訪ねてきました。新潟を出るとき降っていた雨が、寺泊につく頃には晴れ、目の前に佐渡島がくっきりと見えました。
2012年05月03日
新潟市において憲法記念日で作成されたノート
ブログの記事はエバーノートで書いているのだが、仮のタイトルが自動的に付く。どういう仕組みなのかはわからないが、本日のものは「新潟市において憲法記念日で作成されたノート」。てにおははおかしいが、今日は憲法記念日だし、今は新潟市にいる。わたしの行動はエバーノートに監視されているのだ。
さすがのエバーノートも、わたしがなぜ新潟市にいて、しかも夜中の3時半などという時間に起きているかはわからないだろう。今日・明日と、かつての歴史サークルの仲間の旅行が新潟である。わたしは高速バスで行くことにしたのだが、3日の切符が満員で取れなかったというわけだ。それで、前日の夜に先乗りしたのである。往復のバス代、ホテル代を入れても、片道新幹線を使うよりずっと安い。暇はあるが金はないというわたしのような年寄りには最適の方法だ。
高速バスを使うと言ったら子どもたちから心配された。群馬の事故があまりに強烈であったから当然だ。今回のバスは短時間だし、一応新潟交通だし大丈夫だとは言っておいた。その通り快適であった。
最近は上京するのにもほとんど高速バスを使う。わたしの場合は年寄りだし、店の近くに善光寺大門という停留所があるので路線バスを使っているが、片道2000円くらいの格安のバスが人気のようで、わたしの乗るバスはいつも空いている。
今回の高速バスの事故は、過酷な運行形態とか会社の体質の問題が事故を起こしたということになっているようだが、安さを求める世間の風潮だって問題なのではないかと思う。
来るときのバスで聞いたニュースが、今度から大卒の就職率を出す時に正規雇用と非正規雇用の別を明記するようにしたことを伝えていた。ということは、大学を卒業して就職する時に契約社員とか派遣社員として働きはじめる人たちが結構いるということなのだろう。
ホテルでテレビを見ていたら、立ち食いそばやで6000円のかき揚げは売れるかという実験をしていた。結果は4時間ほどの間に10皿ほどが売れたようだ。立ち食いそばと高級かき揚げとは考えられない組み合わせだ。高級かき揚げと食べるならせめて手打ちそばと食べるべきではないかと思うのだが。裏にテレビ的な演出があったのだろうが驚いた。
そして高速バスをはじめとする低価格競争と、三題噺めくが、今のニッポンの貧しさ、文字通りの貧しさとココロの貧しさを浮き彫りにするような話になってしまった。さらにもう一つ、食事をしようと外に出たのだが、大阪なんとかという中華料理のチェーンは満員だったが、わたしの入った地元の中華料理店は客はわたしだけだった。十分にうまかったのだが。
激烈な価格競争を支えているのは、劣悪な労働環境と不安定な雇用形態だし、安いことはいいことだという世間の風潮だ。この風潮は狂った価値意識からくるのだろう。
さすがのエバーノートも、わたしがなぜ新潟市にいて、しかも夜中の3時半などという時間に起きているかはわからないだろう。今日・明日と、かつての歴史サークルの仲間の旅行が新潟である。わたしは高速バスで行くことにしたのだが、3日の切符が満員で取れなかったというわけだ。それで、前日の夜に先乗りしたのである。往復のバス代、ホテル代を入れても、片道新幹線を使うよりずっと安い。暇はあるが金はないというわたしのような年寄りには最適の方法だ。
高速バスを使うと言ったら子どもたちから心配された。群馬の事故があまりに強烈であったから当然だ。今回のバスは短時間だし、一応新潟交通だし大丈夫だとは言っておいた。その通り快適であった。
最近は上京するのにもほとんど高速バスを使う。わたしの場合は年寄りだし、店の近くに善光寺大門という停留所があるので路線バスを使っているが、片道2000円くらいの格安のバスが人気のようで、わたしの乗るバスはいつも空いている。
今回の高速バスの事故は、過酷な運行形態とか会社の体質の問題が事故を起こしたということになっているようだが、安さを求める世間の風潮だって問題なのではないかと思う。
来るときのバスで聞いたニュースが、今度から大卒の就職率を出す時に正規雇用と非正規雇用の別を明記するようにしたことを伝えていた。ということは、大学を卒業して就職する時に契約社員とか派遣社員として働きはじめる人たちが結構いるということなのだろう。
ホテルでテレビを見ていたら、立ち食いそばやで6000円のかき揚げは売れるかという実験をしていた。結果は4時間ほどの間に10皿ほどが売れたようだ。立ち食いそばと高級かき揚げとは考えられない組み合わせだ。高級かき揚げと食べるならせめて手打ちそばと食べるべきではないかと思うのだが。裏にテレビ的な演出があったのだろうが驚いた。
そして高速バスをはじめとする低価格競争と、三題噺めくが、今のニッポンの貧しさ、文字通りの貧しさとココロの貧しさを浮き彫りにするような話になってしまった。さらにもう一つ、食事をしようと外に出たのだが、大阪なんとかという中華料理のチェーンは満員だったが、わたしの入った地元の中華料理店は客はわたしだけだった。十分にうまかったのだが。
激烈な価格競争を支えているのは、劣悪な労働環境と不安定な雇用形態だし、安いことはいいことだという世間の風潮だ。この風潮は狂った価値意識からくるのだろう。



