2008年09月27日

地方に住むことの

 長く都会で教師をしている友人が、来年仕事を引退するのだというのですが、それでも長野には帰らないだろうと言っています。町を歩くのが好きで、暇を見つけては東京のあちらこちらを歩いているようですが、長野には歩きたくなるような町がないのだといいます。もちろんそんなことだけが長野に戻らない理由ではないのでしょうが、田舎暮らしはいろいろな面で退屈なのでしょう。
 私は二十代の前半外に出ていましたが、あとはずっとこちらに住んでいますので、まあこんなものなのだろうと思っていますが、それでも時には地方に住むことの飢餓感を思うことはあります。たとえば、見たい映画が見られないとか、聞きたいコンサートに行けないとかそんなことです。
 池波正太郎のエッセイには、銀座で映画の試写会を見て、そば屋に寄ったり、資生堂パーラーで食事をしたりとかいった散歩のことが紹介されていますが、そんなものが地方にもあればいいとは思います。
 小林一茶は、故郷柏原に帰って、「これがまあ」と雪五尺の世界を嘆いておりますが、それからの展開はすごかった。雪五尺の世界にどっぷりとつかりながら、そこから突き抜けるような句を数多く作っています。
 その一茶の里で、地元産の農産物をつかったフランス料理の試食会が行われたと言うことです。今後はレシピを町内の飲食店に配り、新しい名物として広めていこうということのようです。田舎といえば、恵まれた食材に素朴な料理と、相場は決まっていたようですが、それを外した試みには期待したくなります。



Posted by 南宜堂 at 23:02│Comments(0)

 
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