2007年07月10日
パンの種
例えば明治40年の信濃毎日新聞の広告に「手軽に出来る食パンの種 一斗分缶入り十五銭」とあります。同じ日の広告に「食パンタ子」というのもあります。
パンの種とは何ぞや?
蒔いておくと芽が出てやがてパンがなるというのでしょうか。こんにゃくの種を蒔いてもこんにゃくがなるはずがないのと同様こんなことがあろうはずがありません。
そんな小学生のような疑問を抱いていたところ、最近ようやくその答えを見つけることができました。根田春子さんの書いた「パンのはなし」の中にパンの種はイースト菌のことだとありました。もうひとつ、「生地のなかで酵母を生かしてあるものを種と呼んでいます。」ともあって、「パンの種」というのはイースト菌またはイースト菌をふくんだ生地のことであるようです。
と話はそれだけのことで、「パンの種」という言い方が面白かったのですが、答えを聞いてみるとあたりまえなことでしたね。それにしても、そんな広告が明治末期の広告にずいぶんと載っているのです。家庭でパンをつくることがそんなにポピュラーだったのでしょうか。
「信州はじめて物語」によると、長野市では明治20年に滝沢郁太郎という人が精養亭というパンと洋菓子の店をはじめたとあります。最初かどうかはわかりませんが早いほうであったことは確かでしょう。一方松本はもう少し早く、明治13年に菊下堂というパン屋さんが上土にできています。
それにしても、ついこの間までパンなど目にしたこともなかった日本人の間でどうして急速にしかも長野のような地方にまでパンが普及したのか、これも大きな疑問です。これについては「はじめて物語」は、炊飯の必要がなくビタミンBが含まれるパンは兵営の食事に取り入れられるようになり、それがパンの普及の原動力になったと説明していますが、なるほどそれで日本人はパン好きの国民になったのですね。軍隊恐るべしです。
Posted by 南宜堂 at 23:11│Comments(3)
この記事へのコメント
Posted by みうみうBETTY at 2007年07月10日 23:48
食パン夕子 という名前も気になりますね。なぜ夕子。。??
夕子という名前の京都の餡入り生八つ橋がありますが、、、無関係な話ですが字も「夕子」です。
夕子という名前の京都の餡入り生八つ橋がありますが、、、無関係な話ですが字も「夕子」です。
Posted by みうみうBETTY at 2007年07月10日 23:50
みうみうBETTYさま
精養亭についてはもう少し調べてみたいと思います。
「タ子」と書いて「たね」と読ませるのではないかと思います。生八つ橋はおいしいですね。私の修学旅行の頃はまだ硬い八つ橋しかありませんでした。五色豆とともにお土産の定番でした。その後「おたべ」というのができて、首を振るお食べ人形が可愛かったです。
松本出身の上條信山という書家がいますので松本にあった書はその人のかも知れませんね。それも宿題にしておいてください。
精養亭についてはもう少し調べてみたいと思います。
「タ子」と書いて「たね」と読ませるのではないかと思います。生八つ橋はおいしいですね。私の修学旅行の頃はまだ硬い八つ橋しかありませんでした。五色豆とともにお土産の定番でした。その後「おたべ」というのができて、首を振るお食べ人形が可愛かったです。
松本出身の上條信山という書家がいますので松本にあった書はその人のかも知れませんね。それも宿題にしておいてください。
Posted by 南宜堂 at 2007年07月11日 22:04
先日からホームベーカリーを友人から譲っていただいて、パンを家でも焼けるようになったのです。(^o^)
「パンの種」も使います。ドライイーストを使うのですが、その商品名で「パンの種」っていうのを売り出せそうな名前ですね!!
長野市で、はじめてのお店は精養亭というのですね。以前のブログ記事に書かれていらっしゃった桜枝町の??お店ですか?今の桜枝町太平堂のところじゃないですよね。。。???