2011年06月17日

村上春樹の脱原発スピーチについて

現代小説というものをほとんど読まないので、村上春樹の作品の評判は聞いていたが、読んだことはなかった。
私の店にも多くの村上作品が並んでいるが、これも需要があるということで、自分が愛読者だからというわけではない。
その村上春樹がカタールニャ国際賞授賞式で行ったスピーチをYouTubeで見た。脱原発を主張したものだということを聞いたからだ。

スピーチは大きく二つの部分に分かれている。前段は東北地方を襲った地震と津波についてである。ここで村上春樹は、日本人が古来より民族の特性とされている無常観というものを持ち出し、未曾有の災害にもかかわらず、日本人はそれに打ちひしがれることなく、諦めの気持ちでそれを受け入れようとしているのだということを述べている。
その復興についても「結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。」と楽観的な観察をしている。
これについてはいつか感想を書く機会もあると思うのだが、今考えようと思っているのは、後段の原発事故の問題である。
私たち日本人は、唯一原子力爆弾を投下された国民であり、戦争が終わった後に「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」という誓いを立てた国民である。
それがいつの間にか電力の3分の1を原子力に頼るようになっていたのだ。そうさせた一番の理由は「効率」ということであると、村上春樹は言う。
「原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。」
そういう既成事実の元で、原子力政策は推進され、原子力に頼るのも仕方がないという世論を形づくってきた。そして、それに反対する人たちには「非現実的な夢想家」というレッテルを貼ってきたのである。
しかし、事態は「非現実的な夢想家」の恐れる通りになった。つまり、「原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。」
ここで村上春樹が言いたかったのは、原子力というのはいったん事故が起きると、多量の放射能を撒き散らし、何十年にもわたってそこに住む人たちを苦しめ続けるのだという現実であろう。
そのことは、我々日本人は原子爆弾の影響という形で経験をし、過ちは繰り返さないと誓っていることなのだ。
にもかかわらず「効率」ということを重視する人たちによって、原子力発電は推進され、私たちはそれを容認してきたのである。安全神話を声高に主張してきた電力会社や政府は糾弾されなければならないが、それを容認してきた私たち自身も告発しなければならないだろう。
その上に立って、人間が生きることの倫理や規範の問題として、原子力発電に対して「ノー」というべきであるというのが村上春樹の立場であろうと思う。
こういう主張に対し、いまだに「非現実的な夢想家」というレッテルを貼ろうという人たちがいるというのもまた不思議な話である。
例えば、自民党幹事長の石原伸晃は6月14日の記者会見で「福島第1原発事故後の反原発の動きについて「あれだけ大きな事故があったので、集団ヒステリー状態になるのは心情としては分かる」と述べた。表現が不適切との批判も出そうだ。
 石原氏は、代替エネルギー確保や製造業への影響など原発を止めた場合の課題を挙げて「『原発推進なのか、反対なのか』という問いがあるが、簡単な話ではない」とも語った。」(時事通信の配信記事)
こういう発言は、原子力発電を何とか推進したいという人たちがいて、その意を受けたものなのだろうが、この人の中に原子力は危険という前提がないのだろうか。
これから原子力発電を推進したいという立場で発言するのなら、原子力発電は危険を伴います。しかし、電力の安定供給のために是非認めていただきたいという言い回しをすべきであろう。
それに対し、危険を伴うならやめるべきだ、国の政策として脱原発を推進し、代替エネルギーの開発をすべきだという発言は、決して夢想家などと言われることはないだろう。



Posted by 南宜堂 at 04:12│Comments(0)

 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。