ネット社会の非常識 崩壊の予感

南宜堂

2010年06月01日 20:53

 例の団体のこと、まとめをした後でも次から次へとエピソードが出て来て、書くことに事欠かないのであるが、どうも現在は停滞期に入っているようである。
 会員が思うように増えない。従って、ホームページの掲示板をにぎわすのも主宰者とその取り巻き、あとは一人か二人という状況である。時にはサクラを使って偽の投稿をしているような形跡もある。これらのことは実際にその団体の中にいるわけではないので、あくまでも推測だが、ひんばんに削除が行われたりしているから間違いはなかろう。
 主宰者もその取り巻きも、会を偽装解散して嫌な会員を追い払い、新たに同じ名称の会を立ち上げた時は、楽しい会にしようとしていたのだろう。自分たちに対する批判勢力がいなくなったのだから、楽しくなるはずであった。しかし、そこにいくつかの誤算も生じた。
 第一に、前の会の会員の中で一部を排除すればいいと思っていたにもかかわらず、新しい会に戻ってきてくれたのはその四分の一程度しかいなかったということ。これは主宰者とその取り巻きの人望がないのだからさもありなんとは外から見ていれば思うのだが、当事者としては予想外だったのだろう。
 それとやったことが卑劣であれば、なおさら退く人は多いだろう。反対に主宰者を批判して役員を辞任した人たちへの人望は厚かった。
 一つの例を挙げると、先日この会の前の幹部が大きくかかわったひとつのイベントがあった。この幹部は、主宰者らから「五人組」と名指しされ、新しい会への入会も拒否された人である。しかし、多くの旧会員はこの人が主宰者をサポートして、会のために尽力していたことはよく知っていた。
 このイベントには、かつて例の会の会員であって、新しい会には参加しなかった人たちが多く集った。その数は、旧会員で新会に参加しなかった人の三分の一にも上ったのである。遠くは九州から駆けつけた人もいた。
 皆この幹部の人柄に曵かれ、解散後のこの幹部の身を案じて激励に駆けつけたのである。
 第二に、あのモラルである。私ならまず、あのモラルがあれば入らない。入会していても、あのモラルが発表された瞬間に身を退く。
 趣味の会なのである。あの上から目線はいったい何なのだろうか。そもそもモラルというものは、上が決めて下に守らせるようなものなのだろうか。
 モラルというのは、信頼関係でつながった人たちの間に、自然に生まれるものなのではないだろうか。こういう人の間では、誹謗中傷など起こるはずもなく、批判する場合にも言葉を選ぶだろう。
 この団体のように、力で会員を押さえつけようとすれば、誰もいなくなるということは目に見えている。

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