2012年01月26日

甲陽軍鑑のこと

今は長野市の一部となっているが、かつては更級郡の小島田といっていたあたりに八幡原があった。いや、もちろん今もあるのだが、現在は川中島古戦場跡といった方が通りがいい。小学生の時、そこに遠足に行ったことがあった。八幡宮の境内に、いくつかの石碑や首塚があるだけの場所であった。
それが昭和44年、NHKの大河ドラマで「天と地と」が放映されるや、団体客を乗せたバスが押しかけるようになり、売店ができ、信玄・謙信一騎打ちの銅像までできた。今ではここは史跡公園として整備され、市立博物館まで作られた。大河ドラマの影響力の凄さを思い知らされるような出来事であった。

大河ドラマの舞台になると、何の変哲もないお宮の境内も、一躍観光名所となるのである。NHKに陳情に行ってもドラマに取り上げてもらいたい気持ちがわかるというものである。今、長野県内では、上田の真田幸村、高遠の保科正之、木曽の木曾義仲と3件も大河ドラマ化を目指す動きがあるようだ。まあ、こんなことで観光客が押し寄せ、経済効果があれば、誠に喜ばしいことであり、私のようなひねくれ親父がとやかく言うことではなかろう。嫌なら見るなと言われそうである。ただ、先日も大河ドラマには噛みついたのだが、歴史と称して嘘を伝えるのは如何かと思う。

最近、必要があって川中島の戦いのことを調べ始めたのだが、この模様を記した「甲陽軍鑑」という代物がまた、壮大な嘘のようなのである。ただ、こちらの嘘はNHKのように歴史を詐称しようとしていないのが、小気味良い。「甲陽軍鑑」は、武田信玄、勝頼二代の事跡を書き記した歴史物語である。信玄の寵臣であった高坂昌信が書き残したものを、江戸時代になって小幡景憲がまとめたものであるのだという。いわば、高坂昌信作、小幡景憲編の歴史物語といったところだ。ただ、この高坂昌信作はどうも怪しいようだ。一説には、山本勘介の子孫の手になるとも言われている。

この「甲陽軍鑑」は、江戸時代初期、甲州流の兵学書として大いにもてはやされた。甲州流の兵学が大人気だったようだ。その理由として、信州大学教授の笹本正治氏は「江戸時代に最も尊敬崇拝された徳川家康に三方ヶ原合戦で生涯最大の敗戦を味わわせた信玄を中心に綴っているからであった」(「武田信玄」中公新書)と記されているのだが、やはり内容の面白さというものもあったのではないかと思われる。

例えば川中島の戦いである。実際に川中島で武田軍と上杉軍が戦って多くの死傷者を出したということはあったと思う。しかし「甲陽軍鑑」に描かれているような、劇的な展開があって、しかも両雄が一騎打ちをしたなどというようなことはなかったのではないだろうか。「甲陽軍鑑」の作者は戦いに脚色を加えて面白くした。結果として、川中島の戦いは歴史に残る名勝負となり、信玄も謙信はヒーローとなった。
甲陽軍鑑のこと


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Posted by 南宜堂 at 21:39│Comments(2)雑記

この記事へのコメント

自分が川中島古戦場跡に初めて行ったのは、昭和60年過ぎくらいだった気がしますが、博物館の廻りも凄い綺麗だった記憶があります。

その時、あの一騎打ちの銅像を見ましたが、大人になり、あれが作り話だったかもしれないと知った時は、多少がっかりしました。

昔の資料だとそういう話を多々聞きますが、考えてみたら小説、映画、漫画の影響力も強いですよね。

漫画にもなった前田利益(慶次)なんてもはやスーパーマンですもんね(笑)
Posted by ムギチョコ at 2012年01月27日 09:57
ムギチョコ様
私の子供の頃は、山王小学校高学年(何年生か記憶がありません)の遠足は、徒歩で八幡原でした。何もない八幡宮の境内に首塚、三太刀七太刀の碑などがあって、戦いの様子は頭の中で想像するしか術はありませんでした。
いま、縁があって松代藩の歴史を出版することになり、執筆をすすめております。川中島の戦いの模様を描いた「甲陽軍艦」はどの程度史実なのか、疑いは限りなくありますが、あれを書いた作者の狙いなど想像してみるのも興味深いものがあります。
一騎打ちですが、これはあったともなかったたもいえるわけで、私はあったと考えた方が楽しいと思います。
Posted by 南宜堂 at 2012年01月27日 13:18

 
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