2011年12月07日

だれが本を殺すのか

 石橋毅史著『「本屋」は死なない』の帯には「だれが『本』を生かすのか」の文字がおどる。当然のことながら、佐野眞一の『だれが「本」を殺すのか』を意識したタイトルであることがわかる。
  佐野の著書は2001年の刊行、当時業界でたいへん話題になった本であるとのことである。私でさえ当時読んだのであるから、さもありなんである。タイトルからして推理小説を思わせるのだが、探偵佐野が出版不況の犯人を求めて出版社、取次、書店、図書館と関連業界を探り歩くという内容で、藁をもつかむ思いで現状打破を願っていた業界のものが一斉にとびついたのであろうことは想像できる。かくいう私もその一人であった。


 だが予想通りと言おうかそんな特効薬はあるはずがなく、読後はさらに混迷が深まったという印象がある。推理小説だと終わりの数十ページで名探偵がすべての謎を合理的に解き明かし、「真犯人はお前だ」で大団円を迎えるのだが、この本は問題を投げかけただけで終わってしまった。推理小説なら駄作ということになる。
 実はこの本には私の良く知っている地方出版社の経営者が登場するのだが、彼のこの10年間の苦闘を見てもこの業界の苦境は根が深いことを知るのである。この本が出版された後、彼は突然の病に倒れた。幸い一命は取りとめたものの、前のように社員先頭に立って会社を引っ張って行くことは叶わず、引退を余儀なくされる。
 その後、彼は療養の成果か普通の生活ができるまでに回復し、数年前に長野で一人で出版社を作る。だがそれも思ったように業績が伸びず、昨年廃業を決めた。
 出版社の現状も厳しいが、石橋の著書が伝えるように書店の現場も厳しい。共通するのは読者数の減少ということだろう。さらには心ある書店員を絶望させるのは出版される本の質の低下の問題だろう。これについては作る出版社も求める読者も犯人ということになる。佐野眞一はあるインタビューに答えて次のように言っている。
「いま出版関係者が真剣に考えなければならないのは、技術論でも契約問題でもないんだよ。紙や電子を問わず、「本」の最大の生命線であるコンテンツの質が著しく低下していることへの反省と、コンテンツの質を高めていくことについて考えることなんだ。
例えばね、「バンド1本でやせる! 巻くだけダイエット」なんていうのがトーハンの2009年下半期、2010年上半期のベストセラーだ。試しにアマゾンのランキングも覗いてみましょうか。こちらは「女医が教える 本当に気持ちのいいセックス 」が6月のベストセラーね。書店の棚には「楽して痩せる」「楽して儲かる」「すぐに出来る」「すぐに解る」…似たようなタイトルの、「本」とは認めがたい代物が我が物顔で平積みされているの。


何事も「早く」「手軽に」という時代に迎合して、それを助長するお手軽本をノルマに追われた編集者が毎月、毎月垂れ流すんだよ。」(「ビジネスジャーナル」9月24日付記事より)
 本の生産と流通の現場というのは、そこにいる誰もが常にイライラしなければならないほどに複雑で非合理的な世界である。本が売れないとか活字離れが深刻だと言う前にこの現実に振り回されてしまっているのだ。佐野はそういった技術論を云々する前に、本としての質、コンテンツを何とかすべきだろうということを言っているのだ。
 そのコンテンツの問題も含め、電子書籍の普及はこういった本をめぐるさまざまな現場の交通整理に役立つかもしれないという思いはある。何と言っても電子書籍は生産直売であるから、取次も書店も必要はない。場合によっては出版社も不要だ。ソフトさえあれば作者が自分で電子書籍を作ってしまえるのである。良質なコンテンツが必要なら、作者がその発信者になることもできるのである。
 というのは極論で、読者に届けるためにはAmazonのような販売サイトは必要であり、こういうサイトはダウンロード数の多いものだけを取り扱うから、マイナーな作者の作品は淘汰されていってしまう。交通整理はできたものの、販売サイトが恣意的に流通する本を選べるわけだから今のような多様な出版という姿はなくなってしまうだろう。かえって佐野が忌み嫌うようなお手軽本がサイトに溢れかえるという状態になるのかもしてない。

 少数だが読者が待ち望んでいる本を出し続けるためにはそれを出し続けるためには出版社の覚悟のようなものが必要なのではないか。そんなところが今日の結論である。

だれが本を殺すのか



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Posted by 南宜堂 at 02:00│Comments(0)雑記

 
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