2012年02月20日

妄説・高遠本の町騒動記 後編

前編の話は、先日の北尾トロ氏のUstreamでの話から私が妄想したことである。まあ、仕方がないことだと思う。みんな一生懸命にやったのだし、結果として本の町にはつながらなかったが、北尾氏を批判するつもりはない。多分またどこかで同じことをするのだろう。トロ氏の口調にはもう懲り懲りというニュアンスはなかったから。今度は成功してほしいものと思う。
町に多少の騒動は起こしたが、誰に迷惑をかけたわけではない。それどころか、一時ではあったが町おこしの夢を見せてくれたのである。かえって感謝されてもいいのかもしれない。トロ氏らの夢に協力できなかった町の保守性、頑迷さを恥じるべきなのかもしれない。町の中に本気で本の町をつくろうという人が現れなかったことをトロ氏は嘆いていた。
失敗は誰にもつきものです。いい勉強になったと思って今度は頑張って下さい、とエールを送るべきなのかもしれない。個人的にも、私がネットで古本を売ろうと決心したのはトロ氏の著書『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』を読んで刺激を受けたからだ。
北尾トロさんありがとうございました。

ただ、長野県民の1人として一つだけ指摘しておきたい。この3回のブックフェスティバルに、長野県の元気づくり支援金というのが、毎年約500万円ずつ、合計約1500万円が支出されている。この支援金は3年間で打ち切られることになっているそうだから、北尾氏らが3年過ぎたのを潮に高遠を引き上げていったのはこのことと何か関係があるのだろうか。
このお金がからんでいるということになれば、うまくいかなかったのでさようならというのは納得ができない話となる。私ら零細の自営業者がどこかから1500万円の資金を借りて古本屋をはじめたとする。売り上げが思ったように伸びず、店を閉めることにしたとして、この1500万円は返さなければならないお金として私たちの肩にのしかかるのだ。
このへんのことがどうも納得できないのである。

最後に、「本の家」から別れた「長藤文庫」のその後のことも記しておきたい。長藤文庫も今はない。高遠に居を移して運営していたO氏は現在松本市に住んでいる。私のブログにも時々登場するので、近況はご存じの方も多いと思う。
店を閉めた原因は、高遠での生活が行き詰まったということではなく、借りていた家のことで大家さんの方に何か問題が生じて出ざるをえなくなったということのようだ。問題さえなければ相変わらず高遠に住んで、寒さに震えながらも古本屋をしていたのではないかと思う。
現在のOさんの日常をブログで拝見するに、高遠の頃とそれほど変わった生活をしているわけではないようだ。高遠にいても十分今の生活は維持してゆけたのではないかと思う。実店舗をもっていないだけ、今は行動が自由であるからあちらこちらに出かけているようだ。羨ましい。
高遠の時代、Oさんは冬の寒さと雪に悩まされながらも、集落の行事に参加したり、冠婚葬祭のおつきあいをするなど、なるべくその土地の一員になろうとしていたようだ。当時のブログなどを見ると、集落の行事に参加するため店を休みますというようにお知らせが載っていた。
いつかOさんから高遠で古本屋をやりませんかと勧められたことがあった。あのあたりには結構空き家もあったようだ。インターネットの時代だから、どこにいても古本屋はできる。店の売り上げを期待しなくても、家賃が安ければ何とか維持できるかもしれない。しかし、冬の厳しさを知っている信州人の私は、今よりも厳しい気候の場所に移ることはできなかった。


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Posted by 南宜堂 at 03:44│Comments(6)雑記

この記事へのコメント

はじめまして、koganeです。高遠 本の町無くなったのですか?

なんか本の町にとか言ってたわりに早めの解散ですね。

なんか北尾さん詐欺師みたいですね。またほかで本の町とかやらか

すんですかね?なんだか後味悪い話ですね。
Posted by kogane at 2012年02月22日 15:19
koganeさま
コメントありがとうございます。
本の町は誰が手がけてもなかなかたいへんな仕事だったと思います。
ですから、私も3年で結論を出すのは早すぎると思います。
長野県ではほかの地区でも地道に本の町をつくる仕事をしている人がいます。そちらはしっかり応援したいものです。
Posted by 南宜堂 at 2012年02月22日 20:43
長野市西町で本づくりをする編集室の準備をしている者です。
助成金対象だったイベントに参加するだけで、「本の町」という構想を理解のうえ賛同して協力する人が地元から出なかった、また、北尾さんもそういう人脈を見出すことができなかったし、自分は東京から離れられなかった。この顛末に至った理由はそんなところではないでしょうか。ですので、助成金目当てで、そんな金の切れ目が縁の切れ目と決め付けてしまうのは安易過ぎるかな、と思います。南宜堂さんはそれをご承知なので「妄説」と仰っていると、そう解釈させていただいていますが。腰を据えて物事を行わないことが多いように思えるのは、地元人のひとりとしての認識でもあります。助成金を使ったイベントが単発で終わるという傾向は、この辺(門前などと言われている地域)にも、ありがちな傾向ですし。
いきなり個人のブログにこのようなコメントを書き残ししたことについては、お詫びしなければなりません、申し訳ないです。本屋さんの方にも、また寄らせていただきます。
Posted by 新井秀一 at 2012年02月26日 14:57
新井様
コメントありがとうございます。私はあの事業が助成金目当てだったとは思いませんし、そうも書いてはいないと思います。ただ、県民の血税を使った事業ですからもっと地道に、継続してやるべきだったのではないかとは思います。それと地元の人たちに責任を転嫁するのはいかがなものかとも思います。もともとが北尾さんたちの夢を勝手に高遠に持ち込んだわけですから、町の人が協力的でなかったというのは身勝手と思います。
雑多な店ですがお時間がありましたらお立ち寄りください。
Posted by 南宜堂 at 2012年02月26日 16:53
本の町がなくなったとは知りませんでした。
最初にできたときから、分裂した経緯、その後のそれぞれの活躍なども知っていますが、こんなに早くなくなるとは思ってもいませんでした。

ただ、最初から気にはなっていたのですが、本を売りたいのか、本好きの人が集まる町にしたいのか、目標がいまひとつはっきりしていなかったように思えます。
もちろん目標は後者だったのでしょうが、それにしては並んでいる本に魅力がなく、ゆっくり観賞できるような空間もなく、リピーターを集めるのは難しいような気がしました。

もっと人の集まりやすい町で、もっと洗練された「本の町」を目指して再度アタックしてほしいものです。
Posted by 舘 at 2012年03月17日 06:32
長野県では軽井沢町の追分が本の町を目指して地道な努力をしています。こちらはぜひ頑張っていただきたい。応援したいと思っています。
Posted by 南宜堂 at 2012年03月17日 11:40

 
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