2010年06月11日

戦後の龍馬像

 歴史家の飛鳥井雅道は、著書「坂本龍馬」の冒頭で、次のように読者に問いかけている。
「龍馬は真に理解された上で愛されているのだろうか。」
 現在、福山雅治演じるところの坂本龍馬を毎週見ている私たちは、この問いかけに大きくうなずくのである。あれが史実だとは思っていないが、実在の坂本龍馬も福山龍馬とは違うものだろうと思う。
 飛鳥井がこの問いを発したのは1970年代のことである。彼が同書の中で指摘しているように、その当時の龍馬像というのは、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の影響が決定的だった。飛鳥井は言う。
「司馬氏は、国民がいだきはじめてきていた愛すべき龍馬像を大きく司馬的に拡大し定着するのに成功することで、戦後の龍馬像の決定版をつくられたのであった。」
 ここで言われている戦後の龍馬像とは、戦後民主主義と経済成長の果てに見える典型的な日本人像であり、「明るく、楽天的で磊落な人物であり、気取りがない」そんな人物としての龍馬なのである。
 時代は変わり、現代はあの時代の人々が未来の世界として夢見ていたような、明るく自由な世界とはずいぶんとかけ離れたものになってしまった。それでも、またこの時代になって龍馬がもてはやされているというのは何故なのだろうか。


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Posted by 南宜堂 at 22:39│Comments(0)幕末・維新
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